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東京高等裁判所 昭和26年(ラ)82号 決定

抗告人 異議申立人 浅川堯雄

訴訟代理人 遠藤良平

相手方 相手方 大工原信二郎

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙記載の通りである。

よつて按ずるに、相手方は前橋地方裁判所富岡支部昭和二十四年(ヨ)第七号仮処分命令申請事件について、同裁判所がなした仮処分決定の目的物である杉材に対し、これを材木のまゝ放置するときは腐朽のため著しく価格の減少を来たすおそれがある等を理由として換価命令の申立をしたところ、同裁判所は昭和二十四年(モ)第一四号事件として審理の上、その申請を許容して昭和二十四年十一月八日に換価命令をなしたことは、本件記録に徴し明かである。

以下右換価命令の適否につき、抗告人の所論を順次検計する。

抗告理由第一点について。

前記仮処分の目的物である杉材が昭和二十四年秋頃までに伐採されたものであつて、一部皮を剥いだまゝ現場たる山林にそのまゝ放置されていることは、原審における昭和二十六年二月二十七日の口頭弁論調書の記載によつて明かであり、しかも右仮処分事件の本案訴訟が、何時終結してその判決の確定をみるに至るかは、予測しがたいところである。しからば右杉材を長年月にわたりそのまゝ放置して置くときは腐朽等のため、著しく価格の減少を来たすおそれのあることは、相手方の提出した乙第一、二号証(証明書)並びに乙第三号証(鑑定書)に照し考えて容易に看取し得られるところである。かゝる見地から相手方の換価命令の申請を許容したことは正当である。これと異なる立場から原決定を批難せんとする抗告人の所論については、これを首肯せしめるに足る資料はないから、これを採用することはできない。

抗告理由第二点について。

元来民事訴訟法第七百五十条第四項の換価命令の規定は原則として仮処分に準用されないものであるけれども、債権者が特定給付の履行を固執せず金銭的補償を以ても満足するものであるときは、仮処分の目的物が滅失毀損し又は著しき価格の減少を来たすおそれがあれば、右法条に準拠して目的物の換価命令を申請し得るものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、相手方は抗告人を相手取り前橋地方裁判所富岡支部に前記杉材の所有権確認の訴を提起し、その執行保全のために右仮処分決定を得たが、更にその目的物の換価命令の申請に及んだものであることは、記録に徴し明かであるから、相手方は特定物である右杉材自体の所有権の確保のみを固執するものではなくこれに代わるべき金銭的価値の所得を以て満足し、これを保全するため換価命令の申請をなすに至つたものと解すべきである。従て敍上の趣旨からみて、右換価命令の申請は固より不当ではない。これと異り相手方は右杉材自体の所有権の確保のみを固執しているものとなす抗告人の主張はこれを是認するに足る資料がないから、この点に関する抗告人の所論もまた理由がない。

抗告理由第三点について。

相手方が本件杉材につき所有権を有するか否かの問題は専ら、本案訴訟若しくはその執行保全のための仮処分に対する異議乃至は取消申立の手続において争わるべきものであつて、換価命令手続において論議さるべき筋合のものではないから、抗告人の所論は採用できない。

以上説明した通りであるから、本件抗告はその理由なく、記録を精査するも原決定に瑕疵あることは認められない。

よつて本件抗告を棄却すべきものとし、主文の通り決定する。

(裁判長判事 渡辺葆 判事 浜田潔夫 判事 牛山要)

抗告理由

一、相手方は前橋地方裁判所富岡支部昭和二十四年(ヨ)第七号仮処分命令申請事件につき同裁判所が為した仮処分決定の目的たる杉材約百七十本に対し、これを伐木のまゝ放置するときは腐朽のため著しい価格の減少を来す虞することを理由として昭和二十四年十一月五日換価命令の申請をしたところ、同裁判所支部は同月八日右申請を容れ、前記物件は前橋地方裁判所執行吏をしてこれを競売せしめその売得金を供託すべきことを命ずる旨の換価命令を発した。

これに対し不服申立の手続が為されたのが右同庁(モ)第十二号の異議事件であるが、これに付て右裁判所支部は昭和二十六年三月七日右異議の申立を却下する決定を為し右正本は同月十日異議申立代理人に送達せられた。

二、而して右決定に依ると申立人の理由を排斥してゐる理由中に於て

第一点長年月を放置するに於ては、価格減少の虞ありとするが、それは物質的に左様で価額の点に於ては益々騰貴し既に右現物に付ては伐採当時の価額より五割方昂騰して居り、その値段ならすぐにでも買取る申出人が続出してゐる。

恐らくこの状勢を以てすれば今後半年間に於て倍額はおろか三倍に騰貴すべしと業者は申してゐる。材木の昂騰は公知の事実であるから価額減少の虞はこの処現実性がない。

第二点本件に於ては大工原信二郎は飽迄材木自体の入手を固執して居り、屡々申立人に金銭を与へて材木の現物を引取るべき示談を申込み来つている。

金銭的補償を先方に与へても材木の引取りを固執している態度は調停その他に於ても裁判所の知らるゝ通りであり斯る場合換価命令を許容せらるゝのは裁判理由自体からしても失当である。

第三点相手方の本件杉立木入手の経路が虚偽であることは、疏明に照して明かであり、仮処分異議手続が進行中である際敢てその疑はしき仮処分に基き換価命令を許さるゝことは失当である。

成程訴訟手続上に於ては、所有権の存在不存在は本案乃至仮処分異議事件に於て審理せらるべきものであるかも知れぬが、斯る状態に於ても換価命令が許さるゝに於ては、濫用に依り他人の所有物を競売し得ることになり、財産権は不法に蹂躪せらるゝことになる。

孰れにしても右決定は不当であるから茲に即時抗告を為す次第である。

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